EADE is DEAD

冥銭持たずに門前払い

2009年私的栗東坂路4大ニュース

BrainSquallの記事に触発されて久しぶりに書き始めたのはいいけれど、坂路どころか競馬自体への取組がぬるすぎて10大どころか5大すら無かったという為体。そんなこんなで見繕った2009年私的栗東坂路4大ニュースをば。

1位 橋口弘次郎調教師がDP追いで朝日杯FSを制す

「坂路のチップコースを使ったからリーディングが獲れた」とまで語り、坂路を愛し坂路に生きる橋口弘次郎調教師がまさかまさかのDP追い*1朝日杯FSを制覇(それも薔薇一族で!)。ある坂路愛好家は発走前に「DP開場年に橋口厩舎のDP追いがG1勝つとか坂路の神様はお認めになりません」と呟いたというけれども、愛好家ごときが神様の度量を量ろうというのがそもそもの間違いであったか。それはさておき、状態の悪いウッドチップの入れ替えを直訴するなど、常により良い馬場を求める橋口師がDPに活路を求めるのは必然であり、かつて坂路調教を開拓した精神と何ら矛盾するものではない。されど、坂路愛好家は思うのである。坂路にニューポリトラック(的なモノ)が導入された時こそ橋口弘次郎の真の天下が訪れるのだと!

2位 坂路堕つ 集中豪雨で閉鎖の憂き目

7月22日未明に降り注いだ72.5ミリの雨は坂路のウッドチップを押し流し、コース半ばからスタート地点へ向けて蛇のように流れていたという。そのような状況では調教の安全が確保できない為、JRAと関西調教師会の協議により同日坂路と逍遥馬道を閉鎖。雨による閉鎖は坂路開場以来初めての珍事。関係各位の懸命な復旧作業の甲斐もあり、翌日からは通常通り開場された。ちなみに本件を伝えたサンスポ、スポニチ、日刊スポーツ各紙の記事にはいずれも橋口弘次郎調教師の談話が載っていた。みんな分かってる。

3位 栗東坂路が月刊優駿11月号の表紙を飾る

メイン特集の天皇賞・秋に合わせ、表紙には大一番を控えたウオッカを母なる海が如く優しく包む栗東坂路の写真が採用された。坂路とウオッカのどちらがメインか?肝心な所をぼかす国民性からして言わずもがなの坂路であろう。優駿のオフィシャルブログ曰く「ちなみに、トレセンで撮影したカットを表紙にするのって、おそらく1999年5月号以来のことだと思います。たぶんですが。」とのこと。尚、この写真が撮影された当時、橋口弘次郎調教師が坂路小屋に詰めていた可能性は否定できない。

4位 坂路元帥に退役の時 ジョイフルハート引退

2006年6月に栗東坂路レコード48.0秒を樹立したジョイフルハートが5月22日付を以て登録を抹消。坂路で好時計を出す所謂"坂路大将"をも統べる"坂路元帥"として坂路愛好家の間で人気を博した同馬であるが、北海道スプリントCで重賞制覇を成したとはいえ、晩年は些か寂しい競走生活と相成った。引退後は乗馬として引き取られたとされるnetkeiba.comの掲示板には草競馬への出走、負傷、骨折、死亡といった情報が寄せられているが定かではない……。